【民間】北摂の工場跡地で再開発が加速/大学や病院、住宅などを計画/東芝やパナソニック

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大阪・北摂の電機メーカーの工場跡地を再開発する動きが広がっている。大阪府茨木市にある東芝の工場跡地(約18万5000平方㍍)は、東芝が住宅や学校、病院などを誘致し、「スマートコミュニティー」の建設を計画しており、新設に向けて擁壁や道路改良工事を竹中工務店の施工で進めている。大阪府高槻市のパナソニックの工場敷地(約19万4000平方㍍)は約半分を売却、追手門学院(茨木市)や高槻赤十字病院(高槻市)を候補に交渉中。パナソニックの茨木工場(約12万平方㍍)も半分程度をヤマト運輸が借り受けることで調整している。

【東芝大阪工場跡地の現状】

東芝大阪工場跡地の現状

東芝は2008年に茨木市太田東芝町と城の前町2にある大阪工場を閉鎖、跡地をスマートコミュニティー関連事業の拡大を目指している同社のモデルケースとして活用する。太陽光発電を備えた住宅や商業施設、病院、学校などを整備する。敷地内に500戸程度の住宅を建て、電力やエネルギーの需給を効率よく制御するスマートグリッド(次世代送電網)を導入する。総事業費は500億円規模を想定している。

【現在は擁壁や道路改良工事を施工中】

現在は擁壁や道路改良工事を施工中

現在は東芝が発注した「太田東芝町周辺擁壁及び道路改良工事 東芝茨木 太田東芝児童遊園擁壁工事」を日建設計シビルの設計、竹中工務店の施工で太田東芝町の敷地内で進めている。工期は14年中を見込む。敷地北東隅にある児童遊園は3月10日から7月末まで閉鎖し、リニューアルする。城の前町2の敷地はすでに更地化しているが、現時点では工事の動きはない。東芝大阪工場は1961年に進出、冷蔵庫などを製造していた。現在は城の前町2の敷地南側で東芝ロジスティクスの東神センターだけが残っている。

1952年に設立したパナソニックの高槻工場は、JR東海道本線の摂津富田駅の北側に位置する。所在地は高槻市幸町。敷地約19万4000平方㍍のうち約10万平方㍍について、土壌汚染対策を済ませた上で売約する。売却額は百数十億円規模とみられる。生産を海外にシフトしてきたことから事業規模が縮小していた。

【パナソニック高槻工場は敷地の一部売却を検討】

パナソニックの高槻工場

追手門学院はキャンパスが茨木市中心部から4㌔ほど離れ、交通の便が悪い大学の既存学部や中学・高校(計約7500人)を移転する内容で交渉中。高槻赤十字病院も既存の施設は同様にアクセスに課題があるほか、老朽化も進んでいることから移転を検討している。現在の病院は地下1階地上7階建て延べ3万0154平方㍍。病床数は440床。所在地は高槻市阿武野1-1-1で敷地面積が5万8841平方㍍。高槻赤十字病院に対しては東芝も茨木工場跡地への移転を打診したもようだ。

パナソニックはプラズマテレビ向けパネルの開発拠点だった茨木工場の敷地も2、3年後に売却する方向で検討にしている。不動産会社に用地を一括して売却した後、半分程度をヤマト運輸が借り受け、物流拠点として使う案が有力視されている。残りの敷地には茨木市や住宅メーカーも取得に関心を示しているという。茨木工場の所在地は茨木市松下町1-1。茨木工場は58年に進出し、テレビ製造を担ってきた。05年に生産部門を移転、開発部門に特化していた。

【パナソニック茨木工場も売却を検討】

パナソニックの茨木工場

茨木市は50年代から積極的に企業誘致、名神高速道路などアクセスの良さもあり、工場の一大集積地となってきた。太田東芝町や松下町といった地名からも当時の誘致への熱意が伝わってくる。ただ、近年は日本たばこ産業(JT)茨木工場がイオンショッピングセンターに、サッポロビール大阪工場が立命館大学のキャンパスに生まれ変わるなど工場跡地の再開発が増えている。

【企業名を冠した地名】

太田東芝町

松下町